東京地方裁判所 平成8年(ワ)505号 判決 1997年3月24日
原告
大島久夫
同
村田雅男
右二名訴訟代理人弁護士
近藤繁雄
被告
陶陶酒製造株式会社
右代表者代表取締役
毬山利一
右訴訟代理人弁護士
山田忠男
同
沢田訓秀
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求
一 被告は、原告大島久夫(以下「原告大島」という。)に対し、別紙物件目録一ないし五記載の土地につき、水戸地方法務局筑波出張所昭和四二年一〇月一七日受付第四五七三号条件付所有権移転仮登記の抹消登記手続をせよ。
二 被告は、原告村田雅男(以下「原告村田」という。)に対し、同目録六記載の土地につき、同出張所昭和四三年二月二三日受付第六一四号条件付所有権転移仮登記の抹消登記手続をせよ。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 大島恒治は別紙物件目録一ないし五記載の土地(以下「甲土地」という。)を所有していたが、昭和四九年一月二九日、同人の死亡により、原告大島が相続によって甲土地の所有権を取得した。
原告村田は同目録六記載の土地(以下「乙土地」という。)を所有している。
2 訴外毬山利久は、昭和四二年一〇月一七日、大島恒治との間で、農地法五条の許可を条件にして、甲土地(農地)を購入する旨の売買契約を締結し、右土地につき、水戸地方法務局筑波出張所同日受付第四五七三号条件付所有権移転仮登記を了した。
3 訴外毬山利久は、昭和四三年二月二三日、原告村田との間で、農地法五条の許可を条件にして、乙土地(農地)を購入する旨の売買契約を締結し、右土地につき、同出張所同日受付第六一四号条件付所有権移転仮登記を了した。
4 甲土地及び乙土地について、昭和五六年四月二二日付譲渡を原因として、毬山利久から訴外毬山利一に対して、同日二三日受付で、条件付所有権の移転の付記登記がなされた。
5 さらに、甲土地及び乙土地について、平成四年三月一九日付譲渡を原因として、訴外毬山利一から被告に対して、同日受付で、条件付所有権の移転の付記登記がなされた。
6 (許可申請協力請求権の時効消滅)
(一) 売主は、農地法所定の許可申請をなすべき義務があり、買主は売主に対して、右協力を求める権利(以下「許可申請協力請求権」という。)を有するところ、右請求権は売買契約成立時から一〇年の経過により時効によって消滅する。したがって、甲土地については昭和四二年一〇月一七日から、乙土地については昭和四三年二月二三日からそれぞれ一〇年間の経過によって、毬山利久、毬山利一及び原告の許可申請協力請求権は時効消滅した。
(二) 原告らは、右時効を援用する。
7 (解除)
(一) 本件各土地が、昭和四八年一二月、市街化調整区域に指定されたことにより、農地法所定の許可がなされる見込みがなくなったとすれば、本件各土地の売買契約は事情の変更により、履行不能になったというべきである。
(二) 原告らは被告に対し、平成九年一月二九日に被告に到達した準備書面により、本件各土地の売買契約を解除する旨の意思表示をした。
8 よって、原告らは被告に対し、所有権に基づき、請求欄記載の各所有権移転仮登記の抹消登録手続を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実のうち、原告らが甲、乙土地をもと所有していたことは認める。
2 同2ないし5の事実は認める。
3 同6について、許可申請協力請求権は、登記請求権に随伴する権利であり、物権的請求権というべきであるから、消滅時効にかからないと解すべきである。
4 同7の事実のうち、本件各土地が、昭和四八年一二月、市街化調整区域に指定されたこと、市街化調整区域内の農地については農地転用許可が出されることは不可能に近いことは認めるが、都市計画の見直しによって、将来市街化調整区域の指定がはずれる可能性もあるから、本件各売買契約が履行不能になったわけではない。
三 抗弁
1 次の事情からすると消滅時効期間は進行しない。
(一) 本件土地は、昭和四八年一二月二八日、市街化調整区域に指定されており、現在に至るまで、指定の見直し、変更はされていない。
(二) 昭和四四年一〇月二一日付建設省計宅開発一〇三「開発許可等と農地転用許可との調整の関する覚書」により、農林省と建設省は、市街化調整区域における都市計画法による開発許可等と農地法による農地転用許可との調整に関し、開発許可権者と転用許可権者は、開発許可又は転用許可に関する処分をしようとするときは、相互に調整をした後に同時にしなければならないと取り決めている。
したがって、市街化調整区域内の農地について転用許可を得るためには同時に、都市計画法二九条の許可を得なければならず、そのためには同法三三条及び三四条の要件を充足しなければならないところ、右要件は厳格であり、これを充足することはほとんど不可能に近い。
このような場合には、権利の行使につき法律上の障碍があるというべきであり、本件各土地が市街化調整区域にある限り、被告は許可申請協力請求権を行使することができないから、その間時効期間は進行しないと解するべきである。
2 時効の中断ないし義務の承認
次の事情からすれば、原告大島は許可申請協力義務の存在を承認しているというべきであるから、消滅時効は中断する。
(一) 昭和五四年ころ行われた、茨城県筑波郡筑波町の国土調査の際の立会い等の手続、昭和六三年春ころ茨城県土浦土木事務所が主催した国道一二五号線歩道新設の隣接地主に対する説明会、隣接地主白井富士男が求めた地目変更に関する隣接地主としての承諾書交付など、所有者としての手続はすべてを毬山側で一切行ったが、原告大島は異議を述べなかった。
(二) 平成元年八月ころ、原告大島は、当時の仮登記権利者であった毬山利一の代理人である外山一弘に対し、昭和四二年一〇月の売買代金三〇四万円の十倍で買戻したいとの申込をし、それ以降、原告大島と毬山側の間では買戻しの交渉が行われたが、右は当事者間では甲土地の所有権は毬山側にあることが前提とされていた。
3 信義則違反、権利濫用
原告らは売買代金を取得しながら、被告が本件各土地が市街化調整区域に編入された結果許可申請ができないでいるのを奇貨として消滅時効の援用を突如としてなしたものであり、信義則違反、権利の濫用に該当する。
4 取得時効
(一) 甲土地につき、毬山利久は、昭和四二年一〇月一七日、亡大島恒治から三〇四万円で買い受け、甲土地を占有し、かつ占有の始めにおいて過失がなかったから、占有開始後一〇年の経過により乙土地の所有権を時効により取得した。
(二) 乙土地につき、毬山利久は、昭和四三年二月二三日、原告村田から六一万円で買い受け、以来乙土地を占有し、かつ占有の始めにおいて過失がなかったから、占有開始後一〇年の経過により乙土地の所有権を時効により取得した。
(三) 被告は右時効を援用する。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)の事実は明らかに争わない。
同(二)の事実のうち、農地法五条の許可を得ることが不可能になっていることは認め、その余の主張は争う。
2 同2の事実は否認する。
原告大島は、平成二年一月ころ、毬山利久から受け取った代金を返して土地を取り戻そうと考え、毬山利一と交渉し、一〇〇〇万円を出すので仮登記を抹消してくれるよう提案し、いったんは一二〇〇万円で交渉が成立しそうになったが、結局はまとまらなかったものである。
3 同3の事実は否認する。
4 同4(一)、(二)の事実のうち、売買契約の成立は認め、被告による占有の事実は否認する。
第三 当裁判所の判断
一 請求原因1の事実のうち、原告らが、甲、乙土地を所有していたこと及び同2ないし5の事実(毬山利久が、昭和四二年一〇月一七日、甲土地を所有していた大島恒治との間で農地法五条の許可を条件にして、甲土地を購入する旨の売買契約を締結し、右土地につき、条件付所有権移転仮登記を了したこと、右仮登記は、毬山利一、被告へと付記登記によって移転したこと、毬山利久が、昭和四三年二月二三日、乙土地を所有していた原告村田との間で、農地法五条の許可を条件にして、乙土地を購入する旨の売買契約を締結し、右土地につき、条件付所有権移転仮登記を了したこと、右仮登記は、毬山利一、被告へと付記登記によって移転したこと)は当事者間に争いがなく、甲第一号証によれば、大島恒治が昭和四九年一月二九日死亡し、原告大島が甲土地の所有権を相続したことが認められる。
そして、甲一ないし六号証及び原告らにおいて被告が許可申請協力請求権の権利者であることを前提としたうえでその消滅時効による消滅を主張していることからすれば、本件各土地の売買契約上の買主たる地位は、条件付所有権移転仮登記の移転とともに、毬山利久から毬山利一を経て被告に転々と譲渡され、原告らもこれを承諾しているものと認められる。
二 許可申請協力請求権の時効消滅について
1 本件各土地が農地であり、本件各土地の売買契約が農地法五条の許可を条件とする売買であるため、売主である大島恒治(相続後は原告大島)及び原告村田は、買主である毬山利久及び買主の地位を承継した毬山利一及び被告に対して農地法五条所定の知事に対する許可申請協力義務を負う。右許可申請協力請求権は、所有権に基づく登記請求権に随伴する権利ではなく、右売買契約に基づく債権的請求権であるから、民法一六七条一項の債権に当たる。
2 ところで、民法一六六条一項にいう「権利ヲ行使スルコトヲ得ル時」とは、単にその権利の行使につき法律上の障害がないというだけではなく、さらに権利の性質上、その権利行使が現実に期待のできるものであることをも必要とすると解するのが相当である。
そして、許可申請協力請求権は、通常の場合売買契約成立後直ちに行使することができるので、売買契約成立の日から一〇年間の経過により時効により消滅すると解するべきであるが、本件の場合、売買契約成立後である昭和四八年一二月以降、本件各土地は市街化調整区域に指定されている(当事者間に争いがない。)。
市街化調整区域は市街化を抑制すべき区域であるから、この区域での農地の転用については、一般の許可基準より厳しい規制がなされているが(「市街化調整区域における農地転用許可基準について」昭和四四年一〇月二二日農林事務次官通達四四農地B第三一六五号)、それに加えて、農地の転用は通常、土地の形質の変更(切土、盛土又は整地)を加えて行われるため、都市計画法上の開発行為(同法四条一二項)に該当することになり、開発許可(同法二九条)を得ることが必要になるところ、昭和四四年一〇月二一日建設省計宅開発第一〇三「開発許可等と農地転用許可との調整に関する覚書」により、農林省と建設省は、市街化調整区域における都市計画法による開発許可と農地法による農地転用許可との調整に関し、開発許可権者と転用許可権者は、開発許可又は転用許可(これらの許可に関し事前審査の制度が設けられている場合にあっては当該事前審査の申出についての内示を含む。)に関する処分をしようとするときは、あらかじめ相互に連絡、調整をした後、同時にしなければならないと取り決めている。
したがって、実務上、都市計画法上の開発許可が受けられない限り、農地転用の許可を受けることは不可能である。
そして、市街化調整区域内の開発行為の許可を得るためには、都市計画法三三条及び三四条の要件を充足しなければならないところ、弁論の全趣旨によれば、被告は酒類の販売を主たる業務とする会社、毬山利一はその代表取締役、毬山利久はその先代であった者で、市街化調整区域に指定される約五、六年前に周囲の土地の状況からみて本件各土地(地積合計約三〇〇〇平方メートル)が近い将来宅地化されることを見込んで、社員寮でも建てるつもりで、特に確たる用途を決めることなく売買契約を締結したに過ぎない者であることが認められるから、右の者らが行う開発行為が同法三四条の要件を充足するという事態は容易には考えられず、開発許可を得ることは極めて困難と解するべきである。
したがって、本件の場合、農地転用許可を得ることは、本件各土地が市街化調整区域の指定を受けている限り、極めて困難というべきである(右は乙一三号証からも認めることができるし、原告も争うところではない。)。
そして、このような場合、買主をして、許可を得ることができないことがほぼ確実であるのに、農地転用許可申請(しかも前記実務の運用によれば、右申請を行う際には、必ず開発許可の申請を並行して行わなければならない。)ないしその前提として原告らに対する許可申請協力請求権を行使することを要求することは、無理があり、買主に難きを強いることになると解するべきであって、これを行わなければ許可申請協力請求権が時効によって消滅すると解するのはあまりに酷である。
したがって、本件の場合においては、本件各土地が市街化調整区域に指定されている限り、許可申請協力請求権の消滅時効は進行しないと解するべきであり、前記のとおり、昭和四八年一二月以降、本件各土地は市街化調整区域に指定されているのであるから、右請求権の消滅時効が完成したということはできない。
三 契約解除の主張について
1 原告は、本件各土地の売買契約は、契約成立後、契約条件の成就が不能となり、履行不能になったので、事情変更の原則により解除する旨主張する。
しかしながら、都市計画の変更によって市街化調整区域であった地域が、将来市街化地域に編入されることもあり得るので、本件各土地の売買契約が履行不能になったと解することはできない。
ただし、弁論の全趣旨によれば、本件各土地は売買契約成立時より平成六年までは非課税であったが、平成七年からは課税されるに至っており、現在右公租公課は原告らにおいて支払っているので、右のような経済的負担を負わされるのは当初の事情が変更したともいい得る。しかし、弁論の全趣旨によれば、平成七年度に原告大島が支払った公租公課は一四七五円、原告村田が支払った公租公課は九一円にすぎず、右公租公課については、被告において負担を申し出ていることが認められるから、右の納税の事実は事情変更による解除を認めなければ信義に反する事情に該当するとはいい難い。
2 したがって、解除の主張にも理由はない。
四 以上のとおり、原告らの請求はいずれも理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官小野憲一)
別紙物件目録<省略>